(2011/01/01)
松井道夫 年頭のご挨拶
http://www.matsui.co.jp/company/matsui/greeting.html?tscode=swf明けましておめでとうございます。
百家争鳴と呼ばれる中国思想史の全盛期に生まれた政治家、韓非が残した言葉に、『世異なれば則ち事異なり。事異なれば則ち備え変ず』(韓非子)というのがあります。
昨年の年頭ご挨拶では、『新政権の試みに性急な結果を求めるのは慎むべきだが、政治にあまり期待しない方がよい』というような趣旨のことを述べましたが、結果はご既承の通りです。政治の世界で冒頭の言葉がまさに当て嵌ることは古今東西の歴史が教えてくれます。人でも組織でも、いわゆる老頭児(ロートル)は時代が変われば引っ込むべきなのです。経験から得られる知恵は大事ですが、一方で、物事の困難性を経験から殊更に主張し、現状に固執しがちになるからです。可能性から発想する為には、経験した過去を全く新しい視点から見直して未来と向き合う姿勢が肝要だと思いますが、なかなか難しいものです。政権交代を日本国民が望んだのは、韓非子に謂う『備え変ず』を政治に期待したからなのでしょうが、どうも全くの期待外れに終わりそうです。いずれ国民が再度判断を下すでしょう。
とはいえ、日本を取り巻く厳しい状況を踏まえれば、政界の蝸牛角上の争いなどに関わっている場合ではありません。我々一人一人が、冒頭に述べた言葉をどう解釈し、実行するかです。直訳すれば、『時代が変われば全てのことが変わる。それと共に変化への準備もまた変えていかねばならない。かつての最良の方法も用を為さなくなる』というようなことですが、では具体的にどうすればよいのかと問われると、皆『う~ん』と唸ってしまいます。困難からどんなに発想しても解は得られず、そして時代の変化に見事に流されてしまいます。そうならない為にも、可能性から発想して自分なりの解を得る努力をしなければなりません。
その準備作業の一つとして、現状を客観的に分析することが何よりも肝要です。もっとも、自然科学ではなく社会科学ですから、その分析は必ず主観が入るものです。経済予測でも当たった例がないのはその為でしょう。そしてその主観というのが曲者で、他人事に対する主観ほどいい加減なものはありません。命懸けじゃないのだから当たり前のことです。世の中に溢れかえっている【常識】をまず捨てることが肝要です。世の中の変化が大きければ大きいほど、こうしたスタンスが我が身を守ってくれると思います。私はいわゆる【常識】と称するものは、変えようがない事実という無数の点を結ぶ線のあり方だと思っています。変えようがないのは点であって、結び方の数だけ【現実】はあるにも拘わらず、たった一つの結び方だけを【常識】として疑わないのが人間の習性です。時代の変化はこの線のあり方を大きく変えます。時代の流れがどのように変わっているのかを感知し、自らの頭で点と点を結ぶ新たな線を引き、それに基づいて行動を起こすこと。韓非子はその重要性を指摘しているのだと私は解釈しています。
“Synthesis”という一寸耳慣れない単語があります。直訳すれば統合とか融合という意味で“Analysis”(分析・分解)の対語です。この単語は、これからのビジネスを考える際に大変含蓄に富んだものに思えてなりません。何故なら、先述した点と点を結ぶ線を構築する際の発想源になると思うからです。最近流行のスマートフォンを例にとれば、既存の様々なツールを融合することによって、新たな付加価値を創りだす場が形成され、そこから様々なビジネスが派生するというようなことです。いずれスタンダードになるであろう、クラウド・コンピューティングも一例でしょう。GoogleがGPS精度の向上と相俟って、未来の自動車企業に変貌するかもしれません。『部品を造って、それをアセンブルして・・・』といった、これまで常識であったモノ創りの概念が、近い将来根本的に変わるかもしれないということです。単なる組み合わせ統合といった単純な図式ではないのです。概念的変化も含めた統合です。
そう考えると、私が始めたオンライン証券という、既に新味に乏しくなったビジネスの有り様も変わって見えてきます。あらゆるビジネスにおける競争で大事なことは、過去は過去として執着せず、何物にも捉われず、融通無碍に自らを変えていくことによる差別化です。そしてアウトプットされたものは、有機的に結び付けられた複雑な文脈で構成されたものでなければなりません。ただし、複雑さは内部的なものであり、外部的には単純さが必要です。そうでなければ世に受け入れられませんし、差別化には繋がりません。こうした仕組み創りには高度な専門性が必要です。企業の競争とはまさに知恵の競争なのです。我々に勝る知恵を有する競争相手が現われてはじめて、我々も切磋琢磨して知恵を振り絞り、新たな仕組みを考え出せる。命懸けの競争だからこそ、やり甲斐があると私は信じています。
私は今年58歳になります。もう20年近く社長をしています。『後生(こうせい)畏るべし』という台詞を意識しなければいけない年齢になったのかもしれません。失われた20年と謂いますが、まさにその間に社長として足掻いておりました。その拙い経験からすれば、決して失われてなんかいないと思っています。【後生】の価値観はその間驚くほど変わっていますし、そうした新しい価値観に基づいて、彼らは【畏るべきこと】をこれから成す予感がします。日本は決して捨てたものではないと、中短期的にはさて置き、長期的には楽観しております。
真の“Entrepreneurship”(企業家精神、または起業家精神)を持った若者は、動乱の世が始まれば湧き上がるように出てくるものです。動乱の世はまだ始まっていません。これからです。私は次代を担う彼らのヒントになるような新しいモデルを一つでもよいから生み出したいと念願しております。マーケットそのものが、内外ともに予想を遥かに超える勢いで変貌していく中で、これまでの常識に囚われない新たな発想による新機軸を打ち出していかなければ将来はないのです。その為には苦労して創りあげた過去を否定する覚悟も必要です。
私の深く尊敬する大学の先輩、日本生命の社長・会長をされた故伊藤助成氏から教わった言葉があります。【坐忘】という禅の言葉です。『新しいものは古いものを捨てた余白に生まれるものだ。だから古いものをドンドン捨てなければ新しいものは得られない』。なかなか深い教えですが、言うは易く行なうは難し。私の座右の銘です。
私が考え準備している新機軸を皆様にご披露する時機が近づいております。それが新機軸になるかどうかは世の中が判断することです。そして、それは単発のものではなく、先述したように有機的に次々に打ち出していくトリガーだということです。それらが世に受け入れられてはじめて、松井証券がCSR(企業の社会的責任)のうち、最も大きな要素である社会的有用性責任(その企業が世に存在する価値があること)を果たせるのだと信じております。利益はそのご褒美として、世の中、すなわち、皆様からいただけるものです。私を含め、松井証券社員一同、精一杯知恵を絞り、且つその実現に向け邁進する所存ですので、本年も引き続き、ご支援ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
最後になりましたが、卯の年の皆様のご多幸をお祈りして、新年のご挨拶とさせていただきます。
平成23年 元旦
代表取締役社長 松井 道夫