今年6月3日に公表された、金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」の報告書「高齢社会における資産形成・管理」。いわゆる「老後資金2000万円問題」として国会やメディアで大きく取り上げられ、これをきっかけに老後の資産形成の必要性が再認識されることとなりました。そこで今回は、資産形成の手段としての「投資信託」について、特徴やメリット、注意点などをファイナンシャルリサーチ代表のファイナンシャルプランナー・深野康彦さんに伺いました。
■報告書には問題も多いが、老後資金を考えるきっかけにはなったのでは
まず、今回問題になった「老後資金2000万円の不足」について少しお話しておきましょう。「何も対策を講じなければ老後資金は不足する可能性が高い」というのは、今に始まったことではありません。もちろん、今回初めて聞いたという人もいるかもしれませんが、どちらかというと多くの方が何となく気づいてはいたけれど、現実から目を背けていたと言ったほうがよいのではないでしょうか。
また、今回の問題では「『100年安心年金』と言ったじゃないか」という話も出ていましたが、これは2004年に改正された年金制度のことです。この辺りについても、混乱して正しく理解できていない人は多いようです。実は、当時の国会答弁の中でも、年金だけでは老後の生活資金が足りないという話は出ていて、まさに「古くて新しい問題」と言えます。
今回の報告書の内容は精査されているとは言えず、「突っ込みどころ」が満載です。報告書で使われているデータは総務省や厚生労働省などさまざまな機関から取得していて、中には「なぜこのデータを?」というものもあります。たとえば、「2000万円が不足」の根拠になった総務省「家計調査年報」の「高齢夫婦無職世帯の家計収支」のデータは、報告書では2017年の数字を採用していますが、すでに2018年版も公表されていて、2018年版(下の図)では毎月の不足額は約5万円ではなく、約4万円です。また、そもそも単身者の場合や、「高齢無職の夫婦」でも年齢が変われば不足額も変わってきます。
いずれにしろ、今回の報告書に問題が多いのは間違いありません。ただ、老後資金について考えるきっかけにはなるのはないでしょうか。一過性ではなく、この機会にしっかり老後に向けた資産形成を考えてほしいと思っています。。
■老後資金不足に対する3つの策と、預貯金だけに頼れないワケ
老後の暮らしでいくら必要になるのか、またいくら不足するのかは、年齢や生活スタイル、就労状況、保有している金融資産などによってかなり異なります。一つ言えるのは、老後資金の柱である公的年金に関しては、少子高齢化が進む中で今後減ることはあっても増えることは考えにくいということです。そうなると、必要になってくるのは「自助努力」です。
具体的には3つの策による「自助努力」が考えられます。1つめは、定年後も働くことです。「人生100年時代」と言われる中、60歳で仕事を辞めてしまうと残りの人生は40年もあります。その期間の生活資金を、すべて預貯金や年金で賄うのはなかなか難しいと言わざるを得ません。働いて収入を得ることは、老後資金不足対策に非常に有効です。まずは、働く期間を延ばすことを考えましょう。
2つめが資産運用です。これについては今回のテーマですので後ほど詳しく説明しますが、具体的には投資信託への積立投資をメインと考えてよいと思います。中には、預貯金だけで老後資金を準備したいと考えている人もいるかもしれませんが、残念ながら今後金利が上がっていくことは考えにくいでしょう。しかも、低金利は日本だけではなく世界的な状況であり、そう考えると老後資金を金利収入だけに頼っていこうというのは無理があるのです。
そして、3つめの老後資金不足対策は、生活のダウンサイジングです。日々の節約ということより、年齢に合わせて生活をコンパクトにしてコストを減らしていこうということです。この3つの策を上手に組み合わせて、老後の「資産寿命」を延ばしていくことを検討する必要があります。
■老後資金づくりには、個別株や外貨より投資信託をまず検討する
さて、資産運用、投資といった場合には、投資信託をはじめとして、個別株投資や外貨預金、不動産投資などさまざまな選択肢があります。老後資金づくりが目的の場合、その中で私がいちばんおすすめしたいのは「投資信託」のそれも「積立投資」です。主な理由は、次のとおりです。
●資金的なハードルが低い
投資はまとまったお金がないとできないと思っている人もまだまだいるようですが、投資信託の場合は積立投資が容易です。ネット証券であれば毎月100円から積立が可能なところもあります。資金的な余裕がそれほどない若年層にとっても非常に始めやすいのがメリットです。個別株や外貨預金も、「るいとう」や「外貨積立」といった積立投資の方法がありますが、扱っている金融機関が非常に限られています。一方、投資信託の積立は、証券会社だけでなく銀行でも利用が可能です。
●時間分散が図れる
積立投資のメリットは、投資資金のハードルを下げるだけではありません。価格が高いときも安いときも定期的に定額を買い続けることで、平均取得単価を引き下げられる可能性があります。また、積立の設定を一度してしまえば、後はシステマチックに買付が行なわれるようになるので、「安いときに買おう」といった買付のタイミングを考える必要もありません。
●分散投資ができる
1本の投資信託は、多くの銘柄で構成されています。そのため、たとえば「世界全体の株式に投資する」といったファンドを選べば、1本だけで投資の原則とも言える「国際分散投資」が可能になります。これは、投資信託の大きな特徴です。前述の個別株の積立投資「るいとう」の場合は、確かに時間分散は可能になりますが、銘柄については集中投資になってしまいます。
●「スキマの時間」で対応できる
投資信託の大きな特徴が、運用はファンドマネジャーが行なう点です。言い換えれば、投資家みんなで「運用管理費用(信託報酬)」というお金を出し合ってファンドマネジャーを雇い、その人に運用を任せるということです。個別株を取引するときには、個々の銘柄の業績や決算の状況などを自分で調べる必要がありますが、投資信託の場合はファンドマネジャーに任せているので、そこまでやる必要はありません。そのため、忙しい現役層や細切れの時間を活用するのが上手な若年層にとって向いている商品だと言えます。
●税制面での優遇措置が利用できる 投資信託への投資では、「つみたてNISA(積立専用の少額投資非課税制度)」と「iDeCo(個人型確定拠出年金)」という税の優遇措置が受けられる制度が利用できます。どちらも、運用益が全額非課税になり、さらに「iDeCo」の場合は掛金が全額所得控除の対象になり、受け取りの際も退職所得控除や公的年金等控除が適用されます。なお、「NISA(少額投資非課税制度)」でも、投資信託の積立投資や一括での投資の運用益が全額非課税になります。「NISA」の年間の非課税投資枠は120万円で非課税投資期間は5年間です。ただし、「NISA」は現状では2023年で制度が終了することが決まっています。
●投資信託の積立投資ができる節税効果のある2大制度
■投資信託を選ぶヒント。国内の資産には投資しないという選択
先ほど、投資の原則は「国際分散投資」であると言いました。これはつまり、日本も含む先進国や新興国など世界全体に投資して、世界の成長を取っていこうということです。ただ、もう一歩踏み込んでお話すると、私はこれから老後資金を準備していくのであれば、極論ですが日本株に投資する必要はないという考え方もあると思います。
なぜなら、私達は日本国内に住み、給料などの報酬は日本円で得て生活しています。日本の景気がよくなれば給料が上がり、反対に悪くなれば給料にも影響があります。好むと好まざるにかかわらず、普段の生活を通じて日本に投資しているという状況になっています。
一方、世界の国々の景気が一斉に悪くなることはそうありません(リーマン・ショックのような例もありますが)。ある国がよければ、別の国は悪いというように、好況・不況はまだら模様で起きるのが一般的です。そうであれば、「収入」と「資産」を分けて、「収入」は日本円で保有するけれど「資産」は海外に投資する、としたほうが「分散」の観点からはよいのではないかと考えるのです。
ちなみに、海外の資産に直接投資することは、国内の資産への投資に比べてかなりハードルが高くなります。米国など、個人が直接株式を購入できる国もありますが、国によっては個人では取引が難しい場合もあります。また、海外の個別株の情報を得ることも簡単ではありません。しかし、投資信託であれば、単一の国でも「アジア」のような限定した地域でも、あるいは世界全体でも、商品を選ぶだけで簡単に投資が可能で、これも投資信託ならではの大きな特徴でありメリットだと言えます。
■自分の利用しやすい銀行や証券会社を選んで口座を開けばOK
ところで、投資信託による資産形成をこれから始めようという場合、最初にすべきことは金融機関に口座を開くことです。しかし、どの金融機関がよいのかわからず、なかなか始められない人もいるのではないでしょうか。ここまでで説明したとおり、まずおすすめしたいのは「世界全体の株式に投資する」投資信託です。
そこで、商品ラインナップ特に「iDeCo」や「つみたてNISA」で投資できる商品の中に、「世界全体」に投資できるインデックス型投資信託(指数に連動する投資成果を目指す投資信託。アクティブ型と呼ばれるタイプに比べて、保有期間中にかかってくる手数料が低い)があるかどうかをまずは確かめましょう。「世界全体」がない場合は、「先進国全体」に投資できるインデックス型投資信託でも構いません。仮に、どちらもないということであれば、その金融機関ではないほうがいいかもしれません。
また、一部の手数料については、金融機関によって異なるケースもあるので、手数料をチェックするというのも一つの選び方です(下の表を参考)。ただ、あまりいろいろ考えすぎるよりは、自分にとって利用しやすい金融機関を早く選んで、早く資産形成をスタートすることのほうが重要だと私は考えます。
●金融機関によって「手数料」に違いが出る2つのケース
なお、「iDeCo」に関しては、これまでは金融機関の窓口で運用商品の説明を聞くことが認められておらず、コールセンターもしくはネットから問い合わせなくてはなりませんでした。しかし、今年7月から窓口でも「iDeCo」の対象商品についての説明を受けることが可能になり、これまでよりも対面型の金融機関での利用のハードルが低くなっています。
■投資信託で積立投資を始めたら、すぐに損切りするのはNG!
最後に、投資信託による積立投資で老後資金を作っていくときに注意すべき点をお話しておきたいと思います。それは、積立投資を始めたら、少し下がったくらいでやめない、損切りをしないということです。投資信託もリスク商品である以上、下落して元本を割り込むリスクはあります。「絶対に損をしない」ということはありません。しかし、一時的な下げですぐに損失を確定してしまうのは得策ではありません。
相場は上がったり下がったりするものです。積立投資の場合は、時間分散を図っているので高値つかみのリスクも低減できています。一時的な下げのときにも動揺せずに、淡々と積立投資を続けることが大切です。もちろん、最初の銘柄選びが間違っている場合はこの限りではありませんが、「世界全体」や「先進国全体」に投資するインデックス型の投資信託を積立で購入している場合は、一時的な下げでは基本的に損切りの必要はありません。
また、投資による資産形成を長く続けていくためには、「保険」の意味で現金や預金をしっかり確保しておくことも重要です。お金が必要なときに、ちょうど相場が好調で投資信託の基準価額が上がっている保証はどこにもありません。手元にある程度の現預金があれば、下がっているところで投資信託を解約するという残念な事態を避けることが可能です。
「老後資金2000万円問題」が話題になってから約2カ月が経ち、「老後資金を作るために何らかの行動を起こそう」と思っていたのに結局何もしていないという人もいるでしょう。しかし、話題に上らなくなっても、公的年金だけでは暮らせない可能性があるという現実は変わりません。繰り返しになりますが、この記事をきっかけに、ぜひ改めて投資信託による老後資金づくりを考えて、行動に移してほしいと思います。